これは、年収200万円で、30代で1億円を貯めた実話を元にした小説です。
全8話:
1. 出会い -憧れの生活-
2. 教えられたこと -使うためではなく増やすために貯金する-
3. 貯金開始、お金を増やしていく秘訣
4. お金が貯まる人と貯まらない人の差
5. お金を貯めるという事-必需品を見直す-
6. 節約における勘違い-安物買いは節約にあらず-
7. 支出を減らした後は収入を増やすこと
8. ユンとの別れ-豊かな未来へ向けて-
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8. ユンとの別れ-豊かな未来へ向けて-
そんな5年の間にも、花を買う機会がある時には必ず、ユンの花屋に顔を出すようにしていた。
「ユンさん。今日も小さなアレンジをお願いします。
食卓に飾る用なので、あまり派手じゃないピンク色のものでお願いします。」
「あら、雄一さん、お久しぶりね。
相変わらず調子はいいみたいね。」
ユンは相変わらず元気そうにしていた。
実のところ、雄一はユンが落ち込んでいるところを見たことがなかった。
雄一は漠然と、元来明るい性格なのかと思っていた。
しかし、最近では生活のゆとりからくる部分もあるだろうなと感じていた。
雄一自身もお金が増えるに従い、心にゆとりができ、何事に関しても前向きになれるように感じていた。
「ええ。おかげさまで。貯金も2000万円を超えました。
目標金額の1億円からするとまだ1/5ですけど、2000万円から得られる不労所得も年間80万円程ありますし、何よりも、段々と将来を楽しみにできるようになりました。
ありがとうございます。」
ユンもご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら、ピンク色をベースにした花を次々と選んでアレンジを始めた。
「そうそう、雄一さんには言ってなかったわね。
今月でこの店も閉めちゃうのよ…」
雄一は始め何を言われたのか分からず、聞き流していたが、一瞬ののち、話の内容を理解したとたん驚いた。
「え?ユンさんお店辞めちゃうんですか?なんでまた…」
ユンはまだ上機嫌だ。
雄一はまだ冗談なのか何なのか、話の真意を理解できていなかった。
「うん、シンガポールに行こうと思ってね。」
「シンガポールですか?
なんでまた、今まで何度も旅行されてたと思いますけど…」
「そうね。特にシンガポールが大好きって訳じゃなくて、あ、でもシンガポールに行っても花には携わるつもりよ。
私としては韓国でも日本でもシンガポールでも構わないのよ。
実はね、最近シンガポールで豪華な披露宴の需要が増えているらしくて。
知り合い…雄一さんも知っている人よね、この店にも時々来てくれるあの品のいいご老人よ…
あの人に紹介されて、シンガポールの披露宴サービスをしている会社の人と会ったのよ。
それで意気投合しちゃって、是非来てくれって言われてね。」
雄一が時々感じる、富裕層に共通した感覚だが、生活に不安が無い人は迷わずやりたい事をやる。
普通の人ならば、おそらく、シンガポールにって生活できるだろうか、と不安になるに違いない。
「な、なるほど、じゃあシンガポールで花屋をオープンするんですか?」
「まあそうね。普通の花屋ってわけじゃなくて、アレンジや装飾用になるとは思うけど。」
「それにしても、あのご老人、いったい何者なんです?凄いお知り合いですね。確か英語スクールを創業された方だとは聞いていましたけど。」
ユンは簡単に説明してくれた。
子供向け英語スクールの創業者で、今は国際的な子供支援のNPOに協力している。
なんでも、子ども教育で儲けさせてもらったのだから、歳をとった今は、子どもにできる限りのことをして還元したい。
ということで子供支援を続けているらしい。
「なるほど、やっぱり凄い人だったんですね。
そんな人とお知り合いのユンさんもやっぱりタダ者じゃないって改めて思いました。」
「そうよ。私はともかく、あの人は本当に凄い人。それだけの努力もしてきたしね。
人脈は人生を豊かにしてくれるわ。
雄一さんも、これからももっともっと頑張っていいお友達を沢山見つけてね。
もちろん私もその一人として覚えていてほしいけど。」
「分かりました。
まずは僕自身が価値のある人になって、凄い人と出会えるように…ですよね!」
ユンは既に雄一の事を十分に認めており、また雄一もそれを感じていないわけではなかった。
だがそれでも雄一はまだ、自分がユンやあの上品な老人と対等な人間だとは思えなかったし、一流の人間との人脈を構築していけるとも思っていなかった。
それを察していたユンもまた、雄一ももう対等な付き合いができると、ことあるごとに言っていたのだった。
「そうよ。
… でもそういう意味では私も同じね。もうひと頑張りしないと。
話がそれちゃったけど、シンガポールじゃ家賃も物価も日本よりも高いから、今までみたいにノホホンとはしていられないかもね、フフフ。
一生懸命働かなきゃね。」
「あははは、そうかもしれませんね。
どれぐらいの期間シンガポールにいる予定なんですか?」
「そうね。はっきりとは決めてないけれど、まずは3年間かしら。
ビザの問題は特にないみたい。
ヨーロッパでもそうなんだけど、1億円程あれば、ほぼ無条件で永住権は貰える国もあるみたいよ。
3年の後は、仕事次第ではシンガポールに残るかもしれないし、また別の国に行くかもしれないわね。まあ自分がしたいことを一生懸命しながら生きていくつもりよ。
一度しかない人生なんだし。」
「そうですね!一度しかない人生、僕もそう思います。」
雄一は、本気でそう思えるようになってきている自分を感じていた。
30~40歳と言えば人生の半分近くを生きたことになる。
一度しかない人生だからこそ思いっきり生きたいと思っていたし、かといって家族や周囲に迷惑をかけて好き勝手にしたいわけではなかった。
自分の理想の生き方をするユンが心底うらやましかったが、自分も一歩一歩そこへと進んでいると考えると、うれしくもあった。
そこで、ユンは少し話題を変えた。
「あなたも自分の人生、それから娘さんの人生も大切にしてよね。」
ユンは少し神妙な口調になって告げた。
「それから、一つだけ覚えていてちょうだい。」
「実は私は、事故で夫を亡くしているの。
もう20年以上も前のことだけどね。
夫と長男が事故で死んでしまってから、必死で働いて、お金を貯めて、子どもを育てて、大変だったけどね。
だから子どもが独り立ちした後、なんだか精神的に疲れちゃったの。それでもう私も隠居かなって思って、ここで花屋を始めて、静かに暮らしていこうって思ったのよ。
生活費だけで言えば、今は働かなくても生きてはいけるけれど、でも最近、やっぱり生きてる以上は世の中の役に立つことを、みんなが喜んでもらえる事をしたいって思うようになってきたの。
それは実はね、雄一さん、あなたのおかげなのよ。」
心なしか、ユンの目が涙で潤んでいるように感じられた。
それでも普段通りの口調を崩さなかったのは、ユンが過去の事だと心の整理がついているからなのか、それとも平静を装っているだけなのかは雄一には分からなかった。
それでも雄一は、極力和やかな雰囲気になるように、少し素っ頓狂な声を出して応えた。
「ぼ、僕ですか?」
「そう。あなたが一生懸命頑張っている姿を見てたら、私も昔の事を思い出しちゃったのよ。
好きでずっと携わってきた花、この花の仕事で、みんなの人生最高の瞬間の一つである披露宴を華やかにお祝いしてあげたいって思ったのよ。
夫を息子を亡くした私だからこそ、そういう事に強く思い入れがあるのかもしれないわね。
ごめんなさい。暗い話になっちゃったわね。
でもだから、あなたには感謝しているのよ。奥さんと娘さんを大切にしてあげてね。
もちろん今あなたが二人をとても愛してることは知ってるけどね。ウフフ。」
雄一は少しばかり黙っていたが、あえてユンの過去のことには触れずに、未来の話をしようと思った。
「分かりました!こちらこそありがとうございます。ユンさん、僕もお金を貯めて自分のしたい事をしようと思います。
生活費のために働くことももちろん大切だと思いますが、夢や目標の為に働くこともまた大切なことだと思います。
それに、僕も実は海外での仕事や生活に憧れているんです。
シンガポール、いいじゃないですか!最初この店がなくなるって聞いたときはびっくりしましたが、そういうことなら応援しますよ!」
「ありがとう。
あなたも私も、まだまだこれからも頑張らないとね!
あなたにはまだまだ育ちざかりの娘さんもいるし、私以上に頑張らなきゃ!
年間100万ぐらいはお金、増やせてるんでしょ?
その調子で頑張って、シンガポールで、いえ、どこか分からないけれど、どこかでまた会いましょう。」
「いやいや、年間100万円の訳ないでしょう?
2000万円の利息で入ってくる80万円、それとネットの広告収入も含めて250万円ほど、その全部貯めてますよ!」
「うふふ。ごめんなさい。あなたの方が分かってるみたいね。
この調子なら、思っているよりもずっと近い未来にまたどこかで出会えそうね。」
話が終わると同時にユンから手渡されたピンクのフラワーアレンジ。雄一はこの花束には自分への期待も込められているのだと考え、力強く受け取るのだった。