FIREのあとも週3日だけ働く、という暮らしは悪くない

開いた楽譜のアップ

あの人の顔色が変わったのは、週に3日、近所の倉庫へ通い始めてからだった。

昔の職場の先輩の話である。50代の前半で早めに会社を離れた。こつこつ積み立ててきた人で、お金の心配はほとんどない。辞めるときは「これからは毎日が日曜日や」と本当にうれしそうだった。

ところが半年ほどして会ったら、様子がおかしい。朝からテレビをつけて、昼を食べて、またテレビ。夕方になると、今日は何をしたのか思い出せないと言う。お金は減っていないのに、声に元気がなかった。

それがさらに1年後に会ったときには、すっかり元に戻っていた。聞けば、週に3日、午前中だけ荷物の仕分けをしているという。稼ぎは小遣い程度。それでも日焼けした顔で「水曜の昼に食べるうどんが、えらいうまいねん」と笑っていた。

先日、Xで「仕事を辞めて、1日5時間を週に3日だけ働いている。気持ちが安定して最高に幸せ」という投稿がたくさんの人に読まれていた。FIREの話ではないのだが、読んだ瞬間、あの先輩の顔を思い出した。

全部を休みにすると、休みはなくなる

私は音楽にはまったくの素人だが、娘の習い事に付き合っていたときに、楽譜には休符というものがあると知った。音を出さない時間にも、ちゃんと記号があるのだ。

休符は音と音のあいだにあるから、休符として意味を持つ。楽譜の最初から最後まで全部休符だったら、それは静かな音楽ではなく、ただの白い紙に近い。

休みもこれと同じではないかと思う。金曜の夜がうれしいのは、月曜から木曜があるからだ。毎日が日曜日になると、日曜日は特別な日ではなくなる。あの先輩は、音符をひとつ残らず消してしまって、初めてそれに気づいたのだと思う。

FIREというと「もう二度と働かない」という絵を思い浮かべる人が多い。もちろん、それが心地いい人もいる。庭いじりや読書だけで何年でも機嫌よく暮らせる人を、私は何人か知っている。ただ、会社を辞めれば自動的に幸せな時間が手に入るわけではない。これは辞める前に知っておいて損のない話だ。

全部休みの1週間と、週3日だけ働く1週間を並べた図

時間を潰すだけの毎日は、二度損をする

私はずっと、時間を潰すための消費は2重の損だと考えてきた。お金が出ていくうえに、時間まで出ていくからだ。この考え方は、FIREのあとにこそ効いてくる。

働かなくなると、1日に8時間以上の空白が生まれる。何も決めていなければ、その空白は勝手に埋まる。テレビ、スマホ、ちょっとした買い物。どれも悪いものではないが、夕方に振り返っても何も残らない。先輩の「何をしたか思い出せない」は、まさにこれだった。

逆に、ほんの小さくても何かを生み出す時間があると、1日の手触りが変わる。私が余暇にブログを書き続けているのも、広告収入のためだけではない。書いたものが画面に残り、読んだ誰かがいる。その小さな手応えがあるから、そのあとの何もしない時間が気持ちいい。

年の瀬の長い休みですら、4日目あたりから曜日が分からなくなって、なんとなく落ち着かなくなる。そんな人間が、何十年分もの休みをうまく扱えるとは、自分でも思っていない。

マグカップを手に窓の外を眺める男性

週3日の仕事は、お金の面でも意外と大きい

とはいえ、ここはお金のブログなので数字も見ておく。

時給1,200円で1日5時間、週に3日働くと、1年でおよそ90万円になる。たいした額ではないと思うかもしれない。しかし、これをFIRE後の資産側から見ると話が変わる。年90万円を資産から取り崩すとして、仮に年3%で賄うなら、3,000万円分の資産が必要になる計算だ。週3日の仕事は、その分の資産を持っているのと似た働きをしてくれる。

もうひとつ、「仕事を辞めてから働く」場合に見落としやすいのが社会保険だ。2026年10月に月額8.8万円の賃金要件がなくなり、パートなどの短時間労働者は、勤め先の規模などの条件を満たしていれば、賃金の額にかかわらず週20時間以上で健康保険と厚生年金の加入対象になる。週15時間と週20時間では、手取りも、自分で国民健康保険や国民年金を払うかどうかも変わってくる。どちらが得かは年齢や家族の状況で違うので、働き始める前に勤め先や年金事務所に確認しておくのが確実だ。

ちなみに、総務省統計局の資料によれば、2025年の65歳以上の就業者は943万人で過去最多、就業者全体の13.8%を占める。お金のために働く人も多いだろうが、あの先輩のように、1日の張りのために働く人もきっとこの中にいる。

大事なのは、やめられる仕事であること

ここで一つだけ、会社員の週5日と決定的に違う点がある。お金の心配がなければ、その仕事はいつでもやめられるということだ。

嫌な上司がいたら行かなくていい。腰が痛くなったら減らせばいい。春は週2日、旅に出る月はゼロでもいい。同じ「働く」でも、生活のためにしがみつくのと、自分で音符を置いていくのとでは、中身がまるで違う。お金を貯める意味は、たぶんここにある。働かなくていい状態を作ることではなく、どれだけ働くかを自分で書き込める状態を作ることだ。

私自身はまだ辞めていないが、もし辞めたら、世界を旅する合間に、週に何日かは何か小さな仕事を続けるだろうと思っている。何をするかは決めていない。ただ、1週間の楽譜を真っ白にはしないつもりだ。

そういえば、先輩に一度聞いたことがある。そんなに元気になるなら、もう少し日数を増やしたらどうですか、と。先輩は首を振った。

「あかん。3日がええねん。4日にしたら、うどんがうまなくなる」