「もったいない」は誰の物差しか。会社を辞める日を自分で決めるということ

電車の切符の話から始めたい。

終点までの切符を買ったからといって、目的の駅を通り過ぎても座り続ける人はいない。「せっかく終点まで払ったのに、途中で降りるなんてもったいない」と言われても、降りる駅を決めるのは、行き先を知っている本人だけだ。

先日、Xで「20年勤めた会社の最終出社日を迎えた」という投稿がたくさんの人に読まれていた。周りからは「もったいない」「辞めない方がいい」と言われ続けたけれど、年収の高い仕事を手放してでも、お金より時間を選んだ。40代半ばでFIREする、という内容だった。

読んでいて、ああ、この人は自分の降りる駅を知っているんだな、と思った。

周りの「もったいない」が測っているもの

会社を辞めると言ったときに返ってくる「もったいない」は、たいてい年収や肩書き、退職金や福利厚生を指している。つまり、今の会社にいれば手に入るはずだったお金の話だ。

いや、それ年収の話しかしてへんやん。

その物差しには、毎朝の満員電車に使う時間も、子どもが小さいうちに一緒にいられる時間も、体が元気なうちにやりたいことも、目盛りとして入っていない。言っている側に悪気はない。むしろ心配してくれている。ただ、その人が使っている物差しと、辞める本人が使っている物差しが違うだけだ。

私が普通の会社員だった頃、周りで一番よく聞いた「もったいない」は、逆の方向だった。「せっかく給料が出たのに使わないなんてもったいない」「若いうちに遊ばないともったいない」。言われるたびに笑ってごまかしたが、内心では、それはあなたの行き先の話でしょう、と思っていた。

何歳になっても、何を大事にするかは自分で考えるしかない。他人の物差しで測った「もったいない」に、自分の人生の時間割を決めさせる必要はないのだ。

辞められるようになってから、私が何度も考え直したこと

私自身、資産が増えて「辞めようと思えばいつでも辞められる」状態になってから、何度も同じことを考えた。辞めるのか、辞めないのか。

FIREというと、会社を去ることばかりが注目される。でも、お金の心配がなくなったあとで働き続けるのも、立派な選択だと思っている。大事なのは、どちらを選ぶにしても「仕方なく」ではなく「自分で選んだ」と言えることだ。

そこで私がやったのは、有給休暇をまとめて取って、会社を辞めたつもりで1週間を過ごしてみることだった。誰に言うでもない、こっそりの予行演習である。

最初の2日は最高だった。朝は好きな時間に起きて、平日の空いた図書館で本を読み、昼は家で簡単なものを作って食べた。ところが3日目の午後、やることが急に無くなった。家の中をうろうろして、気づけばスマホで暇つぶしの動画を眺めていた。これは、時間を潰すためにさらに時間を使う、一番もったいない過ごし方だ。

その1週間で分かったのは、私に足りないのはお金ではなく「辞めた後に毎日やること」だった、ということだ。辞めるかどうかの答えは、通帳ではなく、手帳の白いページの中にあった。

辞める前に、自分で確かめておいた4つのこと

予行演習のあと、私は辞める・辞めないを決める前に、次の4つを一つずつ自分の目で確かめることにした。

会社を辞める前に自分で確かめた4つのこと(生活費・健康保険と年金・家族の気持ち・辞めた後の時間割)

  • 1年間に本当にかかる生活費:家計簿の平均ではなく、家電の買い替えや冠婚葬祭のような「たまに来る出費」まで含めた金額で考えた。
  • 健康保険と年金の切り替え:会社を辞めると、健康保険も年金も自分で手続きすることになる。たとえば協会けんぽの任意継続は、退職日の翌日から20日以内に申し出る必要があり、加入できるのは最長2年。保険料は会社の負担分がなくなるので、目安は在職中のおよそ2倍になる。こういう細かいことを、辞めてから知るのでは遅い。
  • 家族がどう感じるか:自分が自由になっても、家族が不安で眠れないなら意味がない。
  • 辞めた後の1日の時間割:予行演習で一番思い知らされたところだ。

どれも派手な話ではない。でも、ここが曖昧なまま辞めると、周りの「もったいない」が後からじわじわ効いてくる。逆に、ここを自分で確かめてあれば、誰に何を言われても、自分の言葉で答えられる。

降りる駅は、家族と一緒に決める

4つの中で、一番時間をかけたのは家族のことだった。

キッチンでコーヒーを飲みながら話す夫婦

ある晩、台所で洗い物をしながら妻に「もし仕事を辞めたら、どう思う?」と聞いてみた。少し考えてから返ってきたのは、「辞めるのはいいけど、毎日家でゴロゴロされるのは困る」という一言だった。予行演習の3日目を見抜かれていたようで、思わず笑ってしまった。

そこから二人で、お金のこと、娘のこれからのこと、私が辞めたら何をしたいのかを、何回かに分けて話した。世界をゆっくり旅したいという私の昔からの夢も、そのとき初めてきちんと口に出した。妻は「それなら、旅の計画はちゃんと一緒に立ててね」と言った。

電車の行き先は一人で決められても、家族と暮らしている以上、降りる駅は一人では決められない。逆に言えば、家族が「その駅でいいよ」と言ってくれたなら、周りの「もったいない」は、ほとんど気にならなくなる。

Xのあの投稿の人も、きっと最終出社日の帰り道、自分の駅で軽やかに降りたのだと思う。私はまだ同じ電車に揺られているが、それは乗り過ごしているのではなく、もう少し先に見たい景色があるからだ。降りる駅は、ちゃんと自分で知っている。

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